白拂手:撥開身上的障難

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 13 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は本サイトの経文資料から取り、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書にもとづいてまとめました。

原文

若為除身上惡障難者。 當於白拂手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩譯,T1060)

やさしい解説

《大悲心陀羅尼經》が白拂手について述べるのは、ただ一句です。「若為除身上惡障難者。 當於白拂手。」意味は、身にふりかかる悪い障難を除きたいなら、白拂手に対応する、ということです。

まずこの一句の構造を見ます。経文はまず解決したいことを述べ、そのあとで対応する手を述べます。四十手の多くはこの型です。この一課で解決したいことは「身上の惡障難を除く」こと、対応する手は白拂を手に持つ手です。

次に、別の経典がどう補っているかを見ます。《千光眼觀自在菩薩祕密法經》は同じ手について「若欲解脫一切障難者,當修白拂法」と書き、この尊を「拂難觀自在」と呼びます。名前の字面の意味は、困難を払い去る、ということです。この手は佛部、息災法に属し、性質が災難を消すことに向いているという意味です。これらの分類は経典と本サイトがまとめた資料であり、今日の評論ではありません。

この経典は、この手の描き方も記しています。右手は腕を曲げて掌を外に向け、左手は白拂を持ちます。修持の細かい点はこの課では扱わず、ここでは意味だけを取り上げます。

白拂は払子で、ほこりを払うための道具です。外にある小さな物が、払いのける、取り除くことの比喩になっています。経文はこの一句で、白拂がなぜ障難を除くことの象徴なのかを説明していません。したがってこの意味は、字面から読み取ったもので、経文がはっきり述べたものではありません。

続いて本サイトの現代的な説明です。本サイトのまとめは、白拂手を『困難を取り除き、苦境から抜け出す手助け』に対応させています。これは古い経典を今日の暮らしに近づけるために本サイトが行った対応であり、経文本来の意味ではありません。誰かが困難に行き詰まっているとき、その場でできる助けは、取り除くこと、抜け出すことを手伝うことだ、という意味です。

一点、注意しておきます。経文が述べているのは「身上」の障難であり、結果の保証はなく、どんなことでも必ず消せるとも述べていません。この一句を読むときは、何と言っているかを見定めることが要点です。障難があり、対応する手があり、それは払い去る姿である。そのほかのことを、経文はこれ以上述べていません。

用語

惡障難
経文が、身にふりかかる妨げと災難をまとめて指す言葉です。この一句には具体的な項目が挙げられていないので、読むときに具体的な内容を自分で付け加えないでください。
白拂手
四十手のひとつで、手に白拂(払子)を持ちます。《千光眼觀自在菩薩祕密法經》では、この手の本尊を拂難觀自在と呼びます。
障難
《千光眼觀自在菩薩祕密法經》が同じ手について書く言葉は「一切障難」です。字面は妨げと災難で、ここではそれ以上細かく分けていません。

この課で覚えたい一句

若為除身上惡障難者

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。