宝箭手:善き友と早く出会う

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 11 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料から取り、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書をもとにまとめました。

原文

若為諸善朋友早相逢者。 當於寶箭手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩訳、T1060)

やさしい解説

《大悲心陀羅尼經》は四十手を挙げ、宝箭手はその中の一手です。経文にはただ一句、「若為諸善朋友早相逢者。 當於寶箭手。」とあります。善き友に早く出会いたいと願う人がいれば、経文は宝箭手を指し示す、という意味です。

この一手の姿は、《千光眼觀自在菩薩祕密法經》に述べられています。そこにはこうあります。「若人欲得善友者,當修寶箭法。」画像の姿は、右手に箭の先を持ち、箭の尾を左手の上に置くというものです。本尊は「速值觀自在」と呼ばれ、その名は、早く出会うという意味です。

いくつかの層を分けておきます。経文の本来の意味は、「善き友」を祈ってよいことの中に入れたことで、古人が良い友を得ることを重んじていたことがうかがえます。なぜ箭を用いるのかについては、経文に別の説明はありません。ただ、同じ経の別の一手「寶弓手」は栄官益職を説いており、箭と弓は別の事柄だという点に目を留めてよいでしょう。

当サイトの慈悲の地図は、この一手を羯磨部・鉤召法に分け、助けの形を「つなぐ」としています。当サイトの現代的な言い方では、資源を引き合わせ、善き縁を結ぶこと。地図がまとめた善行から見ると、こうしたつなぎ方は、ボランティアのマッチングの場、災害後の清掃の人手の調整、必要品リストに沿った物資の送付などによく見られます。これらは当サイトの現代的な拡張であり、経文の原文ではありません。

はっきりさせておきたいのは、経文が語るのは「早相逢」であって、誰が誰に必ず出会うという保証ではないということです。それは願いの向きを述べたものです。良い縁を望み、自分も誰かにとっての良い縁になりたいと望むこと。この一課が扱うのは経典がどう語るかであって、誰かの人間関係の解決策を探すものではありません。人間関係の悩みは、やはり自分と身近な人とのあいだで、ゆっくり向き合っていくものです。

用語

寶箭手
《大悲心陀羅尼經》の四十手の一つ。経文は、この手を「諸善朋友早相逢」と並べています。
諸善朋友早相逢
経文に述べられた願い。善良な友人に早く出会いたいという願いです。これは願いの描写であり、結果の保証ではありません。

この課で覚えたい一句

若為諸善朋友早相逢者。

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。