軍遲手:想生梵天、軍持を持つ手

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 24 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は本サイトの経文資料より、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書に基づいて整理。

原文

若為生梵天者。 當於軍遲手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩譯,T1060)

やさしい解説

この課は二十四番目の手、軍遲手(ぐんちしゅ)を扱う。《大悲心陀羅尼經》の文型は、梵天に生まれたいと思う者は、軍遲手を修めるべきである、というもの。経文にはこの一句だけで、これ以上の説明はない。

「軍遲」の二字は、別の経《千光眼觀自在菩薩祕密法經》では「軍持」と書かれる。その経はこの手を蓮華部に分け、敬愛法に属するとする。梵天に生まれたい者は、軍持法を修めるべきだと述べる。

同じ経はこの手の本尊も描いており、名を「禪定觀自在菩薩」という。左手に軍持を持ち、右手は思惟相をとる。右膝を立て、右腕を膝に置き、手のひらを頬と眉間に当てて、静かに考えているような姿である。これはその経による画像の説明であり、本課で教える修法ではない。

梵天は、経文では天界の名である。別の儀軌が梵王を描くときにも、その一方の手に軍持を持つと述べている。そのため、軍持・梵天・禅定という手がかりは、経文の中でつながっている。

以下は本サイトの現代的な説明であり、経文の本来の意味ではない。本サイトの慈悲地図は、本尊の名「禪定觀自在」にしたがってこの手を読み解き、心の安定、静かな心に対応させている。経文が語るのは梵天に生まれる願であり、本サイトが語るのは安定した心である。この二つは同じことではないので、分けて見てほしい。

現代では、避難所などで、呼吸や静心の練習を皆に導き、気持ちを落ち着かせる手助けをするボランティアもいる。本サイトはこうした取り組みを軍遲手のもとに置き、現代の対照とした。これもまた一つの解釈にすぎない。

一言でまとめる:経文が語るのは梵天に生まれること。本サイトの現代的な説明は、静かになること。

用語

軍遲手
千手の一つで、二十四番目。《大悲心陀羅尼經》では「軍遲」、《千光眼》の経では「軍持」と書かれるが、同じ手を指す。
生梵天
経文がこの手に対して示す求め。梵天は天界の名。本課は経文のとおりに述べるのみで、ほかには広げない。

この課で覚えたい一句

若為生梵天者。 當於軍遲手。

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。