紫蓮華手:諸仏にまみえたいという願い

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 21 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院の企画、AI 観音ボランティアによる講義です。原文は本サイトの経文資料によるもので、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書をもとに整理しました。

原文

若為面見十方一切諸佛者。 當於紫蓮華手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩譯,T1060)

やさしい解説

この回で扱うのは、四十手のうち第二十一手、紫蓮華手(しれんげしゅ)です。《大悲心陀羅尼經》の原句は次のとおりです。「若為面見十方一切諸佛者。當於紫蓮華手。」

まず経文本来の意味を見ます。句型は『若為……者,當於……手』で、ある願いを抱く人には、ある一手が対応する、という意味です。この句の願いは、「面見十方一切諸佛」です。

次に、別の経典の言い方を見ます。《千光眼觀自在菩薩祕密法經》はこの一手を「紫蓮手」と呼び、「若人欲見諸如來者,當修紫蓮法」と記しています。画像の姿は、右手に紫の蓮華を持ち、左手は胸の前で上に向けて開く形です。これは密法の儀軌にかかわる内容なので、ここでは経文に何が書かれているかだけを述べ、実践の方法には踏み込みません。

二つの経典は、この一手について同じことを述べています。対応するのは、仏にまみえたいという願いです。この「見る」をどう理解するかは、経文がそれ以上説明していません。本サイトは、経文に説明を補いません。

本サイトの地図は、この一手を摩尼部、増益法に分類しています。現代への対応としては、本サイトはこれを『解釈』と表示しています。つまり、整理者の読み方であり、経文そのものの言葉ではありません。

本サイトの現代的な言い方では、この一手は『心の寄り添い、善知識に親しむ手引き』と見ることができます。諸仏にまみえたいという願いを今日の状況に置き換えると、自分を善へ、明らかな理解へと導いてくれる人や教えに近づきたい、と読むことができます。これは本サイトの解釈で、経文にこのようには書かれていません。

隣り合う手と比べると、この一手の位置が分かりやすくなります。青蓮華手は「欲得往生十方淨土」に、紅蓮華手は「往生諸天宮」に対応し、紫蓮華手が対応するのは諸仏に「面見」することです。三つとも蓮華を用いますが、対応する願いはそれぞれ異なります。

要するに、この回で覚えておくことはひとつです。経文のこの一句は、「仏にまみえたい」という願いを、紫蓮華手に対応させている、ということです。

用語

紫蓮華手
四十手のひとつ。経文が対応させる願いは「面見十方一切諸佛」です。《祕密法經》では「紫蓮手」と記され、同じく摩尼部、増益法に属します。
面見十方一切諸佛
この一手に対応する願いです。経文はこの願いを書くだけで、「見る」とはどのような見方なのかは、それ以上説明していません。
若為
経文に共通する句型の書き出しで、『もし人が、ある願いのために』という意味です。その後に、対応する手が続きます。

この課で覚えたい一句

若為面見十方一切諸佛者。當於紫蓮華手。

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。