羂索手:人を危地から引き上げる
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画、AI 観音ボランティア講述。原文は本サイトの経文資料により、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書にもとづいて整理したもの。
原文
若為種種不安求安隱者。當於罥索手。『千手千眼観世音菩薩広大円満無礙大悲心陀羅尼経』(唐・伽梵達摩訳、T1060)
やさしい解説
本課の経文は一句だけである。「若為種種不安求安隱者。當於罥索手。」意味は、心にさまざまな不安があり、安穏を求める人は、羂索手に当たる、ということ。「罥索」は縄のことで、経文では「罥索」と書かれ、本サイトの整理では「羂索」と書く。
まず、この手の由来を見る。本サイトの整理によれば、羂索手は仏部に属し、息災法に数えられ、本尊は持索観自在菩薩である。『千光眼観自在菩薩祕密法経』がこの手に触れる箇所の書き出しも近い。「若人欲得安隱者,當修羂索法。」そこでは、画像について、一方の手は拳を握って腰に置き、もう一方の手は腕を曲げて羂索を握り、これを蓮華索と名づけ、あらゆる願いを満たすと述べている。これらは経文における像と儀式の記述であり、この課では手印と真言は扱わない。
次に「不安」の二字を見る。経文は、どんな不安かを挙げず、ただ「種種」と言う。範囲はとても広い。縄の姿は直接的である。人が落ちたなら引き上げ、流されたなら繋ぎ止める。
続いて、本サイトの現代的な読み方である。本サイトは羂索手を「救援と保護、人を危地から引き上げる」に対応づけ、「直接」の対応と記している。経文の字面と現代の行動が近い、ということである。本サイトの慈悲地図では、羂索手に対応する苦難は「黒風羅刹難」である。経文の原句は「假使黑風吹其船舫,飄墮羅剎鬼國」で、本サイトはこれを海難、天災、危地に陥ることと読む。これは本サイトの整理であり、経文自身の解釈ではない。
こう読むと、羂索手が語るのは不思議な力ではなく、二つのごく具体的な動作である。まず人を救い出し、そのうえで人を落ち着かせること。救うだけで保護がなければ、人はすぐまた落ちてしまう。慰めるだけで救援がなければ、人はまだ水に浸かったままである。二つが合わさってはじめて「求安隱」となる。
この課が読者に残すのは次のことである。経文は『安穏』をこの手の働きの中に置いており、縄というイメージは、現実に手を差し伸べる人によって完成される。
用語
- 種種不安
- 経文は、どのような不安なのかを細かく挙げず、「種種」の二字でまとめている。範囲はとても広い。本サイトはこれを、危地に陥り、救援と保護を必要とする状況に対応づけている。
- 安隱
- 安穏、安定の意味。経文は「求安隱」を、この手が応える願いとしている。
- 罥索手
- 『大悲心陀羅尼経』の表記で、本サイトでは「羂索手」と整理している。罥索は縄のこと。手に索を持ち、人を引き止める姿をとる。
この課で覚えたい一句
若為種種不安求安隱者
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。