寶鉢手:腹中の諸病と一碗の飯

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 3 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院の企画、AI 観音ボランティアによる講義。原文は本サイトの経文資料から取り、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と典蔵にもとづいてまとめたもの。

原文

若為腹中諸病。當於寶缽手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩譯,T1060)

やさしい解説

この課の経文は一句だけです。「若為腹中諸病。當於寶缽手。」 意味はまっすぐです。体の内部、腹の中の病や痛みには、寶鉢という手が対応する、ということです。

この句は《大悲心陀羅尼經》のなかで、ほかの手の句と並んで置かれています。経文の最後には「如是可求之法有其千條。今粗略說少耳」とあり、ここに挙げたものは大まかな列挙にすぎません。本サイトの慈悲の地図では、寶鉢手を金剛部・調伏法に置き、対応する困難を病苦としています。

もう一つの経典《千光眼觀自在菩薩祕密法經》は、この手の修法を説いています。腹中の病を癒したい人は寶鉢法を修め、寶鉢觀自在菩薩の像を描きます。像の二つの手は上に向けて、そろって寶鉢を持ちます。これは経文にある修持の方法で、修法儀軌に属するため、この課では展開せず、手印や真言も教えません。

二つの層を分けておく必要があります。経文の原意は、「腹中諸病」と寶鉢手の対応です。そのあとの現代的な言い方は、本サイトの解釈です。

本サイトの現代的な言い方は、寶鉢手を内科医療と、衣食の足りることや食事の提供として見るものです。鉢はもともと食べ物を盛る器なので、本サイトは『腹中』の病を、病を治すことにも、食べて満たされることにも結びつけています。これは本サイトの現代的な言い方であり、経文の原意ではありません。

本サイトがすでに公開した善行のなかには、軽食店が十二年間に十五万食の「待用餐(後から来る人のための取り置きの食事)」を贈ったこと、八十代の神経内科医が半世紀にわたって山間部へ通い診察を続けたこと、公費医師が三十年以上、山あいの衛生所に残り続けたことがあります。どれも長い年月をかけて続けられたことです。

この課が述べるのは、経典がどう説いているかだけです。腹中の病には、対応する一つの手がある。体に病があれば、医師に診てもらうべきです。この課は医療上の助言を一切行いません。

用語

腹中諸病
経文の原句で、腹の内にあるさまざまな病や痛みを指す。『千光眼』には別に『腹中病』とあり、同じく体の内部の病を指す。
寶缽手
《大悲心陀羅尼經》の四十手のひとつで、腹中の諸病に対応する。同じ手は《千光眼觀自在菩薩祕密法經》では寶鉢法と書かれ、像は両手を上に向けて寶鉢を持つ。

この課で覚えたい一句

若為腹中諸病。當於寶缽手。

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。