聲聞身(しょうもんしん):聴聞して学ぶ人
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料に拠り、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書をもとに整理したものです。
原文
應以聲聞身得度者。即現聲聞身而為說法。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》
やさしい解説
この課では、〈普門品〉(Universal Gate Chapter) にある三番目の応化身、聲聞身(しょうもんしん)を扱います。経文の原文は次のとおりです。「應以聲聞身得度者。即現聲聞身而為說法。」
まず、この句の構造を見ます。前半の「應以聲聞身得度者」は、声聞の姿で導くのがふさわしい人がいる、という意味です。後半の「即現聲聞身而為說法」は、その声聞の姿で法を説く、ということです。経文のそれぞれの身はすべてこの句型で、「佛身」「辟支佛身」から「聲聞身」まで、一身ずつ続けて挙げられています。
この身について、当サイトの慈悲地図の表記は「解釈」です。つまり、以下の現代的な対応は経文そのままの言葉ではありません。当サイトの現代的な言い方では、聲聞身は学生と学習者に対応します。これは当サイトの整理であり、経文にそう書かれているわけではありません。読む人はひとつの読み方として受け取ればよく、定説と考える必要はありません。
もうひとつ区別しておくことがあります。これらの「身」は、〈普門品〉が救いの語りの中で挙げたものであり、閉じた一覧ではありません。学者の研究も、経文にある応化身と、後世にいう「三十三観音」の画像や「三十三所」の巡礼とは別のものであり、混同してはならないと注意しています。
さらにもう一歩進めます。〈普門品〉の結びには、注目すべき箇所があります。仏がこの一品を説かれたとき、「眾中八萬四千眾生皆發無等等阿耨多羅三藐三菩提心」とあります。これは、この一品の要点が、聞いたあとに生じる心にあることを示しています。聲聞身の課として読むなら、経文が語っているのは、どのように聞き、どのように学ぶか、と考えることができます。
私たち自身に戻ると、誰にでも学ぶ側に立つ時があります。本を読むとき、講義を聞くとき、人に教えを請うときです。当サイトの現代的な言い方では、『学習者』という立場をはっきり見つめることが、この身を読む入口になります。この課は経文の言葉を述べるだけで、具体的な助言はしません。
用語
- 聲聞身
- 経文が挙げる応化身のひとつです。当サイトの慈悲地図では『学生と学習者』に対応させ、解釈として記しています。これは当サイトの現代的な言い方であり、経文そのものの言葉ではありません。
- 得度
- 「應以聲聞身得度者」に出てきます。経文の意味は、この身相で導くのがふさわしい人、ということです。この課は原文の字面に沿ってのみ説明します。
- 為說法
- それぞれの身の後半の句は、いずれも「而為說法」で結ばれます。つまり、その身の姿で法を説くということです。
この課で覚えたい一句
即現聲聞身而為說法
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。