一心稱名,即時觀其音聲
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料によるもので、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書に基づいてまとめたものです。
原文
佛告無盡意菩薩。善男子。若有無量百千萬億眾生。受諸苦惱。聞是觀世音菩薩。一心稱名。觀世音菩薩。即時觀其音聲。皆得解脫。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》(鳩摩羅什譯)
やさしい解説
この一課では経文のごく短い一段だけを読みますが、これは〈普門品〉全体の出発点です。
まず場面を見ます。仏は無尽意菩薩に、無量百千万億の衆生がさまざまな苦悩を受けている、と告げます。経文が述べるのは「受諸苦惱」で、どの苦かも、誰かも区別していません。苦の中にいる衆生であれば、この一句の範囲に入ります。
次に二つの動作があります。一つ目は衆生の側にあります。「聞是觀世音菩薩,一心稱名」。要は「一心」で、口に出すだけでなく、心をこの名号に収めることです。二つ目は菩薩の側にあります。「觀世音菩薩,即時觀其音聲」。“観”は見ること、察することで、“音声”は衆生が発する声です。「観世音」という名は、ここから来ています。前に無尽意菩薩が問うたのはまさに「以何因緣,名觀世音」で、この段がそれに対する経文の最初の答えです。
最後の一句は「皆得解脫」です。ここでの「皆」は、前に述べた苦しむ衆生を指し、別に条件は設けられていません。何を解脱と呼ぶのか、どのように解脱するのかは、経文がこの後、七難や三毒などの段で一つずつ展開するので、この一課では先へ飛ばしません。
次に、歴代の読み方を見ます。華厳宗の澄観は、〈普門品〉の「観世音」は所観の音声に重点を置き、身・口・意の三業による教化が具わっているので「観自在」と呼ぶ、と考えました。これは歴代の解釈であり、経文そのものの字句ではありません。
当サイトの現代的な言い方を述べます。この段は、とても単純な情景として読めます。一方には苦の中で声を発する人がいて、もう一方には、どんな声も漏らさない「観」と形容される存在がいます。これは私たちの現代的な読み方であり、経文本来の意味ではなく、経文が何らかの結果を約束しているという意味でもありません。読む人は、まず原文のこの数句をよく読み込んでから、先へ進んでください。
用語
- 一心稱名
- 「稱名」は観世音菩薩の名号を称えること。「一心」は心が散らず、この名号に専注していること。経文は「一心」を「稱名」の前に置いており、重点が心の用い方にあることが分かります。
- 即時觀其音聲
- 「即時」はまさにその時。「觀」は見ること、察すること。「音聲」は衆生が発する声。この一句は、菩薩の名がなぜ「觀世音」と呼ばれるのかを説いています。
- 受諸苦惱
- 衆生が受けるさまざまな苦のこと。経文はどの苦かを限定していないので、この段が説くのは苦悩全般であり、後の文で一つずつ例が挙げられます。
- 解脫
- 苦悩から脱することを指します。この段は「皆得解脫」とだけ述べており、具体的にどう解脱するかは、後の経文の各段を見る必要があります。
この課で覚えたい一句
一心稱名。觀世音菩薩。即時觀其音聲。
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。