火難と水難:一心に名を称える
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア講述。原文は本サイトの経文資料に拠り、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書をもとにまとめたものです。
原文
若有持是觀世音菩薩名者。設入大火。火不能燒。由是菩薩威神力故。若為大水所漂。稱其名號。即得淺處。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》(鳩摩羅什譯)
やさしい解説
この回の経文はわずか二句で、七難の中で最初に現れる二つ、火難と水難を説いています。
まず前の一句から見ます。経文は、観世音菩薩の名号を持つ人は「設入大火,火不能燒」、大水に流されても名号を称えれば「即得淺處」と説きます。この二句の前には、さらに根本となる一句があります。苦難の中の衆生が「一心稱名,觀世音菩薩即時觀其音聲,皆得解脫」というものです。要点は、人が苦しみの中で一心に呼ぶとき、観音がそれを聞くということです。
この二句の経文には、歴代さまざまな読み方があります。現実の救護と読む人もいれば、心の解脱と読む人もいます。天台の智顗は《観音義疏》で水難を三つの層に分けました。水に遭うのは苦があること、名を称えるのは善であること、浅いところを得るのは応であるというものです。智顗はまた、「得淺處」は一気に岸に上がることとは限らず、まず立っていられる場所に着くことだと特に指摘しています。これは智顗の注解であり、経文そのものではありません。
経文自身も、「難」を内心へと引き寄せています。同じ品の少し後に、貪欲の多い人、瞋恚の多い人、愚癡の多い人が、常に観世音菩薩を念じ恭敬すれば、欲を離れ、瞋りを離れ、癡を離れることを得るとあります。ですからここでの火と水は、外の災いとだけ見ることもできますし、心の中の火と水とあわせて読むこともできます。《楞厳経》は難を解くことを、菩薩が反って自性を聞く修証として説き、心性の層に重きを置いています。
本サイトの現代的な言い方では、名を称えることは、恐れの中でまず人を落ち着かせ、慈悲が聞いてくれていることを思い出させます。この落ち着きそのものに力があります。ただし経文は信仰の表現であり、本サイトは菩薩に代わっていかなる結果も保証しません。実際の火事・水害・危険に遭ったときは、まず 119/110 に通報して助けを求め、自分の身を守ってから、心を観音に預けてください。
用語
- 一心稱名
- 経文は、苦難の中の衆生が観世音菩薩の名号を専一に称えれば、観音はただちにその音声を観ずると説く。要点は専一であって、回数ではない。
- 大火
- 字面は火災のこと。経文は後の箇所で貪・瞋・癡も難に数えているため、歴代には火を心の中の瞋りの火と読む人もいる。
- 淺處
- 水難における「応」。智顗は、すぐに岸に上がるとは限らず、まず立っていられる場所を得ることだと述べる。
- 威神力
- 経文は火が焼くことができないのは「由是菩薩威神力故」であると説き、力を観音に帰している。名を称える者自身の力ではない。
この課で覚えたい一句
設入大火。火不能燒。
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。