施無畏者:怖畏急難の中で恐れない
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料により、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書をもとにまとめたものです。
原文
無盡意。是觀世音菩薩。成就如是功德。以種種形。遊諸國土度脫眾生。是故汝等。應當一心供養觀世音菩薩。是觀世音菩薩摩訶薩。於怖畏急難之中能施無畏。是故此娑婆世界。皆號之為施無畏者。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》(鳩摩羅什譯)
やさしい解説
この一段の経文は、無尽意菩薩の問いのあとに続きます。仏はまず、観世音菩薩は「成就如是功德」であり、さまざまな姿で各国土に現れて衆生を済度すると総括します。
続いて経文は一つの結論を述べます。「是故汝等,應當一心供養觀世音菩薩。」この句の前にあるのは『功徳を成就する』ことで、後にあるのが「供養」です。経文の順序は、まず菩薩が何をしたかを述べ、その後にどう向き合うべきかを述べています。
この課の要点は後の句です。「於怖畏急難之中能施無畏。」「怖畏」は恐れること、「急難」は差し迫った災難、「施」は与えること、「無畏」は恐れないことです。句全体の意味は、人が最も恐れ、最も危うい時に、観世音菩薩は『恐れない』ことを与えることができる、ということです。経文はさらに、そのためにこの娑婆世界では菩薩を「施無畏者」と呼ぶのだと述べます。『娑婆世界』とは、私たちのいるこの世界のことです。
「施無畏」はここでは呼び名であり、人々が菩薩を呼ぶ名称です。経文は、菩薩がどのように施すのかを説明していませんし、そのために災難が消えるとも述べていません。どのように施すのかを見るには、後の〈普門品〉の偈頌を読む必要があります。偈頌には水・火・刀兵・枷鎖などさまざまな災難が挙げられ、いずれも「念彼觀音力」に及んでいます。
歴代の註疏はこの品を読むのに、それぞれ重点が異なります。華厳宗の澄観は、「観世音」の要点は観ずる対象である音声にあるとし、身・口・意の三方面から衆生を受けとめ教化できることを「観自在」と呼ぶと考えました。天台宗の湛然は〈普門品〉を「用」、つまりはたらき・運用の面に配当しました。この二つの説は歴代の解釈であり、経文そのものの言葉ではありません。
当サイトの現代的な言い方では、「無畏」とは恐ろしいことに遭わないという意味ではなく、恐ろしいことの中でも、心にまだ立てる場所があるということです。この一課はまず経文の本来の意味にとどまります。つまり、観世音菩薩にはこの呼び名があり、人々もそのように呼んでいる、ということです。
用語
- 施無畏者
- 経文には、この娑婆世界の人々が皆このように観世音菩薩を呼ぶとあります。人々が怖れ、急な災難にあうとき、「無畏」を施すことができるという意味です。これは人々が菩薩に対して用いる呼び名です。
- 怖畏急難
- 怖畏とは恐れること、急難とは差し迫った災難のことです。経文が述べているのは、人が最も慌て、最も危うい時であり、普段の小さな悩みではありません。
- 摩訶薩
- 「菩薩摩訶薩」の略称で、大菩薩という意味です。この一段の原文では「觀世音菩薩摩訶薩」という呼び方で菩薩を指しています。
- 供養
- 恭しい心で捧げ、護り支えることです。経文は「一心」で供養すべきだと述べており、要点は心が一つに定まっていることで、品物の多少ではありません。
この課で覚えたい一句
於怖畏急難之中能施無畏
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。