二求・宿植德本
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料によるもので、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書に基づいて整理したものです。
原文
無盡意。觀世音菩薩。有如是等大威神力。多所饒益。是故眾生。常應心念。若有女人。設欲求男。禮拜供養觀世音菩薩。便生福德智慧之男。設欲求女。便生端正有相之女。宿植德本。眾人愛敬。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》(鳩摩羅什訳)
やさしい解説
この課は『三毒を離れる』に続く部分です。経文はまず、貪欲が多く、瞋恚が多く、愚癡が多い人が、常に念じて観世音菩薩を恭敬すれば、欲を離れ、瞋を離れ、癡を離れることができると説き、そのあとでこの一段に入ります()。
本課の経文の大意は次のとおりです。観世音菩薩にはこのような大威神力があり、多くの利益を与えてくださるので、衆生は常に心に念じるべきです。もし女人が男子を求めて観世音菩薩を礼拝し供養すれば、福徳と智慧のある男子が生まれ、女子を求めれば、端正で相のある女子が生まれます。「宿植德本,眾人愛敬」は、そのあとに続く一句です。
ここでは、経文の本来の意味と、当サイトの現代的な説明とを分けておきます。
経文の本来の意味:これは〈普門品〉の『二求』の段落です。男子を求め、女子を求めることは、経文が成立した時代にありふれた願いでした。経文は「禮拜供養」を前に置き、「福德智慧」「端正有相」を後に置き、「宿植德本」を最後に置いています()。
当サイトの現代的な説明:「宿植德本」の「宿」は往昔、「植」は種をまくこと、「德本」は徳行の根本です。この一句は、人に愛され敬われる人には、先に徳行の根があるからだ、と読めます。この段を『拝めば男子や女子が授かる』とだけ読むなら、この根本を見落とすことになります。
歴代の解釈:天台宗の湛然は《法華文句記》で、〈普門品〉を天台の言う「用」に配しています。これは《法華経》全体の大いなるはたらきを説くもので、子を求めることだけを専ら説くものではありません()。華厳宗の澄観は、身口意の三業が摂化して具足していることを観自在と名づける、と述べています()。この二家はいずれも、この一品をより大きな枠組みの中で読んでいます。
この段を読むとき、現代の医学的な説明として無理に受け取る必要はなく、古代の習俗としてだけ受け取る必要もありません。経文が言おうとしているのは、恭敬と供養の心は、徳行の根とつながっているということです。続く経文は「福不唐捐」と説きます。これは、観世音菩薩を恭敬し礼拝して積んだ福は無駄にならない、という意味です()。
用語
- 宿植德本
- 宿は往昔、植は種をまくこと、徳本は徳行の根本のことです。過去にすでに植えた善根と徳行を指します。
- 福德智慧
- 福徳は善行によって積まれる福、智慧は物事の道理を明らかに知る力です。経文はこの二つを並べて、生まれる子にこの二つがあると説きます。
- 端正有相
- 容貌が端正で、荘厳な相があることです。経文では、生まれる女子を形容するのに用いています。
- 禮拜供養
- 礼拝は恭敬をもって礼を行うこと、供養は香や花などを捧げて敬意を表すことです。この段の願いは、この二つに続いて述べられています。
この課で覚えたい一句
宿植德本。眾人愛敬。
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。