宝鐸手:すぐれた妙なる梵音を成就する
AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。
徳原書院企画・AI 観音ボランティア担当。原文は当サイトの経文資料によるもので、解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書をもとにまとめました。
原文
若為成就一切上妙梵音聲者。 當於寶鐸手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩訳、T1060)
やさしい解説
寶鐸手は《大悲心陀羅尼經》に出てくる、四十手のうちの第三十手です。経文の原句は「若為成就一切上妙梵音聲者。當於寶鐸手。」です。意味は、あらゆるすぐれて美しい清らかな声を成就したいなら、寶鐸手に対応する、ということです。
「鐸」は鈴の一種です。当サイトの慈悲地図では、この手を摩尼部・増益法に分類し、本尊は法音観自在菩薩としています。
同じ手の名称と用途は、別の経典である《千光眼觀自在菩薩祕密法經》にも記されています。その経典によれば、上妙の梵音を成就したい人は寶鐸法を行い、法音観自在の画像は、左手に宝金剛鈴を持ち、右手は拳にして腰に置くとされています。二つの経典はこの手について同じことを述べています。手に持つ法具は鈴であり、願いは美しい声です。この課ではこれらの記載を読むだけで、修法のやり方には触れません。
ここでいう「梵音」は、字面から見れば清らかな声です。経文自体にこれ以上の説明がないので、この課も字面のところまでにとどめます。
四十手はどの手も『若為……者,當於……手』(……を願う者は、……手に対応する)という一文になっていて、前が人の願い、後ろが対応する手です。この手の願いは声です。近い手に寶印手があり、こちらは口業の弁舌の巧みさに対応します。二つの手はどちらも話すことや声に関わりますが、それぞれの位置があります。
当サイトの現代的な見方:当サイトの慈悲地図は、寶鐸手を『音楽と芸術による癒し』に対応させています。これは当サイト独自の整理であり、経文そのままの言葉ではありません。経文は『成就上妙梵音聲』と述べるだけで、癒しには触れていません。今日の生活に当てはめるなら、自分が発する声に気を配り、自分の耳に入ってくる声にも気を配ること、と読めるでしょう。これは経を読むひとつの角度であり、経典の結論ではありません。
用語
- 若為成就一切上妙梵音聲者
- これは寶鐸手(ほうたくしゅ)の願いです。あらゆるすぐれて美しい清らかな声を成就したいということ。経文にはこの一句だけが書かれ、これ以上の説明はありません。
- 寶鐸手
- 四十手の第三十手。「鐸」は鈴のことです。当サイトの慈悲地図では、摩尼部・増益法に分類しています。
この課で覚えたい一句
若為成就一切上妙梵音聲者
この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。