阿修羅身:経文にある一つの名

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 29 課/全 33 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義。原文は当サイトの経文資料によります。解説は AI 観音ボランティアが当サイトの経典と蔵書をもとにまとめたものです。

原文

應以天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等身得度者。即皆現之而為說法。《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》

やさしい解説

この課は余白を残した一課です。経文の本来の意味と伝統的な説だけを述べ、現代への対応づけや今日の例は挙げません。

まず経文を見ます。〈普門品〉にはこうあります。「應以天、龍、夜叉、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等身得度者。即皆現之而為說法。」この一句では、前に天、龍、夜叉、乾闥婆が並び、後に迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽が続き、阿修羅はその中ほどにあって、八部衆の一員です。

この一句の型は、前に出てきた仏身、梵王身、長者身のときと同じです。応以某身得度者、即現某身而為說法、つまりその身をもって済度できる者には、その身を現して法を説く、という形です。違うのは、ここでは一つの身ではなく名前が一続きに並び、最後を「等」で結び、さらに「即皆現之」と受けている点です。これらの身をまとめて現すという意味で、挙げられた数種に限るものでもありません。

ここまで、経文が示すのは名前だけで、阿修羅がどのような姿か、どのような物語があるかは語っていません。これより先、当サイトの資料庫には阿修羅の由来、伝説、歴代の解釈が収録されていないため、この課では補いませんし、記憶に頼って書き足すこともしません。

もう一つ、区別しておくことがあります。「三十三身」は経文中の列挙で、後世では三十三応化身と呼ばれます。日本に伝わる三十三観音の画像や三十三所の巡礼とは別の三つの事柄であり、混同してはなりません。

後世の図像儀軌には、密教の曼荼羅の方式で各身の方位、肌の色、持物を定めたものもあります。たとえば不空訳の曼荼羅儀軌には、婆羅門身、摩睺羅伽身、緊那羅王身、乾闥婆身、迦樓羅身などの項目が挙げられています。これは後世の儀軌の伝統であり、〈普門品〉の原文の内容ではありません。当サイトに収録されたこれらの儀軌の文章には、阿修羅身の項目が見当たらないため、この課では阿修羅身の姿も描写しません。

ですからこの課で言えるのは次のことです。経文は阿修羅を観音が現す身の中に入れ、天、龍、夜叉と並べ、「等身」という語でまとめ、結びは「即皆現之而為說法」です。そのほかは、余白のままにします。

用語

阿修羅
経文に挙げられる八部衆の一つで、原文では乾闥婆の後、迦樓羅の前に並びます。当サイトの資料には由来や伝説の記載がないため、ここでは詳しく説明しません。
等身
原文は『人、非人等身』で結ばれています。『等』の字は、挙げられたもの以外にも同類があることを示し、閉じた一覧ではありません。
即皆現之
原文の結びの句で、先に挙げた各身を、観音が必要に応じてまとめて現し、さらに『而為說法』(法を説く)という意味です。
得度
この一節に繰り返し出てくる句型です。応以某身得度者とは、その身をもって法を説けば、相手が済度を得られるということです。

この課で覚えたい一句

即皆現之而為說法

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。