施無畏手:不安な人に無畏を施す

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 7 課/全 40 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院の企画、AI 観音ボランティアによる講義。原文は本サイトの経文資料から取り、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と所蔵資料に基づいてまとめたものです。

原文

若為一切處怖畏不安者。 當於施無畏手。《千手千眼觀世音菩薩廣大圓滿無礙大悲心陀羅尼經》(唐・伽梵達摩譯,T1060)

やさしい解説

この課の経文は一句だけです。「若為一切處怖畏不安者,當於施無畏手。」あらゆるところで恐れや不安を感じる人は、この一つの手に拠りなさい、という意味です。

まず、この手の資料から見ます。本サイトの慈悲の地図では、この手は仏部、息災法に分類されています。《千光眼觀自在菩薩祕密法經》によると、この手の本尊は除怖観自在菩薩で、画像の姿は「舒右手垂五指現掌」、つまり右手を下に垂らし、掌を外に向けた形です。以上は、経文がこの手について述べていることです。

次に「施無畏」という言葉です。〈普門品〉(Universal Gate Chapter)は、観音が様々な苦難から救うことを述べたあと、こう総括します。「於怖畏急難之中能施無畏,是故此娑婆世界,皆號之為施無畏者。」人がもっとも恐れているとき、観音が与えるのは無畏であり、そのため世間は観音を施無畏者と呼ぶ、という意味です。《楞嚴經》と《請觀世音菩薩消伏毒害陀羅尼呪經》にも同じ称号があります。造像は、この意味を手の形で表しており、それが掌を外に向けて垂らしたこの手です。

仏教では布施に、財施・法施・無畏施の三種があります。財施は物を与え、法施は道理を与え、無畏施は安心感を与えます。

続いて、本サイトの現代的な説明です。慈悲の地図は、施無畏手を「安撫恐懼、危機陪伴」(恐れを鎮め、危機に寄り添うこと)に対応させています。脅しやいじめのような悪意ある妨害を受ける状況にも、この手が挙げられています。具体的な行いとしては、動揺している人のそばにいること、脅された人に味方がいると感じてもらうこと、誰も傷つけないことなどが、いずれも無畏を与えることです。これは後世の解釈であり、経文が一字一句定めているものではありません。

一点、区別しておきます。経文が述べているのは、観音の功徳と名号の由来です。名を称えさえすれば二度と恐ろしいことに遭わない、という約束は経文にありません。この課が述べているのは施無畏手が何を語っているかであり、恐れが消えることの保証ではありません。

用語

怖畏不安
経文が挙げる状況:どこにいても恐れや不安を感じること。この手は、こうした心の状態に向けられています。
施無畏手
右手を垂らし、掌を外に向けた手の形。経文は画像の姿を「舒右手垂五指現掌」と述べています。恐れのない状態を人に与えるという意味です。

この課で覚えたい一句

若為一切處怖畏不安者

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。