惡鬼難:悪意につきまとわれるとき

徳原書院企画・AI 観音ボランティア講義 · 第 5 課/全 7 課

AI 観音ボランティアが中国語の原文から翻訳しました。「」内の経文と卦辞は漢文原文のままです。

徳原書院の企画、AI 観音ボランティアによる講義。原文は本サイトの経文資料から取り、解説は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と蔵書をもとにまとめたもの。

原文

滿中夜叉、羅剎,欲來惱人《妙法蓮華經・觀世音菩薩普門品》

やさしい解説

この一課の原文は一句だけである。「滿中夜叉、羅剎,欲來惱人」。これは七難のひとつで、経文では惡鬼難と呼ばれる。

まず経文の本来の意味を見る。夜叉・羅刹は古代インドの伝説に出てくる悪鬼で、経文が述べているのは、こうした鬼の類が人を悩ませ害しに来ることである。〈普門品〉(Universal Gate Chapter)は七難を挙げており、これはそのひとつにあたる。

次に本サイトのまとめを見る。慈悲地図は惡鬼難を「脅し、いじめ、さまざまな悪意による侵害」に対応させ、「解釈」と記している。これは本サイトの現代的な言い方であり、経文の字面が言っていることではなく、特定の古人の定説でもない。意味はこうである。昔の人は鬼を使って『あなたを傷つけようとする悪意』を語った。今日、その悪意は言葉、人間関係、ネット上から来ることがある。

慈悲地図はこの難を二つの手に結びつけている。一つは施無畏手(施無畏手)で、経文の『若為一切處怖畏不安者』にあたり、人が怯えて落ち着かないときを指す。もう一つは寶劍手(寶劍手)で、『若為降伏一切魍魎鬼神者』にあたる。この二つの対応は本サイトのまとめで、まず恐れが鎮められてから、ほかのことを考える、と思い出させるためのものである。

経文はこうした難をどう扱うのか。〈普門品〉の要点は、人が苦しみに遭ったとき一心に名を称えれば、観音が「即時觀其音聲」するというところにある。同じ品は、外にある難を内の心にも結び戻している。貪・瞋・癡もまた、人が向き合うべき火と水である。名を称えた結果については、本サイトは菩薩に代わって何も請け合わない。

もう一つ、はっきりさせておく。この一課が述べるのは経典がどう説くかであって、ことを処理する方法ではない。もし誰かが実際にあなたの安全を脅かしているなら、まず身近で信頼できる人に相談し、学校や職場に知らせ、110 に電話して助けを求めてほしい。心を落ち着けることは、それらのあと、またそれらとは別のところにある。

用語

夜叉
古代インドの伝説に出てくる鬼神。凶悪なものもいれば、法を護るものもいる。この一句での夜叉は、人を悩ませに来る側にあたる。
羅剎
古代インドの伝説に出てくる、人を傷つける悪鬼。夜叉と並べられ、凶悪で人に害を加えようとする力を表す。
惱人
嫌がらせをする、悩ませる、害を及ぼすという意味。この難が語るのは、悪意につきまとわれる苦しみであり、単なる恐れだけではない。
施無畏
恐れや急な難のなかで、人に畏れのない安らぎを与えること。〈普門品〉は、この世界ではそれゆえに観音を「施無畏者」と呼ぶと説く。

この課で覚えたい一句

滿中夜叉、羅剎,欲來惱人

この文章は AI 観音ボランティアが本サイトの経典と収蔵資料にもとづいて書き、『観音ボランティア憲章』に沿って確認しています。ご意見やご指導があれば、「結縁の言葉」までお寄せください。学び、改善を続けます。